格差問題は本質を見抜かないとダメな人間になる

differential

 

 

 近年では格差社会の問題について騒がれています。
そもそも格差とは何なのか。なぜ格差は起こるのか。格差を無くすにはどうすれば良いのか。また格差による二次的被害等について深く掘り下げていきたいと思います。

 

 

Present

 

格差とは

 

Gap

 

 まず格差とは何なのでしょうか。ネットで調べてみます。

 

格差(かくさ)とは、同類のものの間における、程度(水準・資格・等級・価格・格付け、レベル)などの差や違いである。

また、社会問題の一つとしての意味合いを込めても用いられる語であり、貧富の差(経済格差)などを意味しても用いられる。
                                                                 引用元:Wikipedia

 

と、出てきます。
 なるほど・・・判ったような判らないような感じです。どうやら『程度の差や違い』の事を指している事のようですね。

 

 また『同類のものの間』と『社会問題』として用いられる言葉のようです。一旦『社会問題』を横に置いておきます。この『同類のものの間』というのが例えば『人間』という事なのでしょう。要約すると『人間の程度の差や違い』という事なのでしょう。

 

 生物における種類や分類の観点から見れば『人間』という区分になりますが、個で考えれば人間も一人一人違うのです。顔立ち、身長や体重の体格、性格など『程度の差や違い』があって当たり前ですよね。資格は持っている人と持っていない人がいます。価格は人間に対して当てはまらないとしても、水準・等級・格付け・レベルが違うのは当然の事です。それを『格差』と呼ばれるのは、どうなんでしょう。こんな事だから『差別』が生まれるんじゃないですかね〜。

 

経済格差・所得格差

 

Economy

 

 これも当たり前の事である。働いている会社や役職が違えば自ずと収入に違いが生じる。より高い収入を望むのであれば、転職するか起業するかすれば良いのです。海外に移住して一発あてたり、石油産出国の婿養子になったりすれば巨万の富を得る事も可能なんですよ。頭では解っていてもそうしないのは、ただ単にリスクを恐れて行動を起こさないだけなのです。

 

 例えば同じ分類の『社長』であったとしても『格差』はあります。他社とは違う商品やサービスを取り扱っていますし、利益自体も違うでしょう。この様に所得にも『程度の差や違い』はあるのです。それを妬んだり(ねたんだり)僻んだり(ひがんだり)しても何も意味がないという事です。

 

 それぞれの国の経済格差ももちろん存在します。資源が豊富な国と農業が盛んな国、工業や産業が盛んな国、それぞれ違います。これは自然な事であって、否定をする事でもなければ善悪で片付ける事でもないのです。

 

 しかし財産や収入を全員で共有しようとする共産主義の国でさえ、富裕層と貧困層の差があるのが不思議です。なぜこんな事が起こるのでしょうか。一つには主義であって未だに完遂していないという事。二つ目には建前と本音である事。三つ目には共産主義と資本主義の両方を取り入れようとしているからです。

 

 この様に経済・所得・収入には差があって当然だという事。理解しているつもりになっているが、本当に自分に落とし込めていないという事なのです。

 

情報格差

 

Information2

 

 1996年に当時アメリカ合衆国副大統領のアル・ゴアが発言したとされる『デジタル・デバイド』という言葉がある。これはインターネット等の通信技術を利用出来る者と利用出来ない者で起こる情報格差の事である。現在の日本ではほとんどの人が活用しているIT。そして今後もどんどん普及・加速をしていくであろう。

 

 分からない事があればすぐにググれば良いし、非常に便利な世の中になったと思う。反面ITが100%正しいわけではなく、間違った情報やデマ、捏造された情報も流されています。それはインターネットに限った事ではない。TVやラジオ、新聞、雑誌などのメディアにも多くの嘘が垂れ流されています。

 

 ITによって情報を得るのと知らないままでいるのは大きな差が出てきます。これを利用するかしないかは議論の余地がなく、便利だから利用したいと考える人は利用すれば良い。反対に利用しなくても良いという人は利用しなくても良いのです。

 

 また善悪で判断する事も出来ません。ごく少数の人の嘘の情報があるから悪だと決めつける事も出来ないですし、反対に善だとも言い難いのです。要はITとは道具であって、どう利用するかにかかっているからです。

 

 しかも面白い事に有益で素晴らしい情報というのは、インターネット上にも出ていない事が多々あります。情報の有益性は『限られた人間だけが知っている』からです。例えばお金持ち達はお金持ち達しか知らない情報を共有しています。そんな情報はどんなにインターネットを調べた所で出てきません。

 

 お酒を飲み会社や上司の悪口を言っている人達と一緒にいるのでしたら、一生有益な情報とは巡り合わないのです。それが嫌だったらその人達と縁を切るか、距離をとるしかないのです。知識を得たいのであれば本を読み、人付き合いを考え直さなければなりません。つまりあなたが『知りたいと思うかどうか』なのです。

 

 言い換えれば、道具の使い方も情報を得たいという気持ちも行動も全て『あなたの中』にあるのです。

 

教育格差・学歴格差

 

study

 

 現在の日本では大きな問題として取り上げられている教育格差・学歴格差です。それは大人達が作った学歴社会と一流会社に就職をすると、幸せだという幻想からきているからです。

 

 本来は子供達が自分達の学びたい事を学び、やりたい事をやるのが一番良いのです。先程のITの発展によって昔よりもグローバルな視野が広がるはずです。海外の教授などから直接学ぶ事も出来ますし、よりネイティブな発音を聞く事も出来ます。子供達が本当に勉強したい事をさせてあげるという事で、解決の道は開かれると私は考えます。

 

 それを未だに「勉強しろ。勉強しろ。」と言い、「良い大学へ行って、良い会社に入りなさい。」と親や教師が口にします。ネットは危険で怪しいから遠ざける。そうすると余計に見たくなる。見ると怒られる。終いには親や教師が信じられなくなる。勉強もしたくなくなる。という悪循環に陥るのです。

 

 人は間違いと失敗から多くを学ぶのです。これを経験しないで大人になると、取り返しのつかない誤ちに発展する可能性があるのです。私は間違いや失敗をした時に本人にどうやって考えさせるのかが教育だと信じています。子供達には色々と試させた方が本人のためには良いのではないでしょうか。

 

 日本の教育システムの誤りの一例をあげます。それは義務教育の給食費・修学旅行費です。法律では『普通教育を受けさせる義務』となっています。
数年前には『食育』が話題になりましたが、給食は教育の一環ではないのですか。修学旅行と言っていて教育の一環ではないのですか。

 

 離婚率が上昇している中、給食費が払えない母子家庭の子が校庭で一人遊んでいるのは、まともな教育ですか?それを見つけた友人は、自分は何もしてあげられないと思うのは、まともな教育ですか?友達同士の大切な思い出になる修学旅行に一人行けないのは、まともな教育ですか?税金を上げるのでしたら無駄な事に使わずに給食費・修学旅行費を全額不徴収にするべきです。

 

 勉強の出来る子、苦手な子の差があるのは否めません。しかしシステムで『格差』を作り出すのはいかがなものでしょうか

 

世代間格差

 

generation

 

 これは常々政治と大きく関わってくる。残念ながら若い世代は中々投票に行かない。なので政治家達は高齢者に有利な政策を掲げる。実際には高齢者もそんなに優遇されていないのだが、あまり解っていない。

 

 若い世代は「どうせ変わらない」と行動もせずに決めつける。勝手な思い込みだ。この世代間格差は年々広がるばかりで、後三十年もすればおよそ人工の半分は65歳以上になる。これがどれだけ恐ろしい事なのか全く理解していない。

 

 また政治の問題だけではなく、大多数の人は『自己投資』『他人投資』をしない。高齢者は将来が不安だと勝手に決めつけて貯蓄ばかりをする。もし銀行に預けていて預金凍結したら、タンス貯金で現金を貯めて新札発行で旧札が無価値になったら・・・などとは全く考えていない。

 

 若い世代も同様で、せっせと貯金をしたり、今が楽しければ良いと無駄に散財をする。だが賢い人は、身体や健康、将来のビジネスのために自己投資をする。また他人のために寄付をしたり、コミュニケーションの場を持つようにしているのです。

 

 なぜか。物事は『出入り』だからを知っているからです。将来現役でいたかければ、自分に返ってくるで先に自分や他人に投資をします。何事も『出す』から『入ってくる』のです。貯めていても入ってこないのです。

 

 健康でいつまでも働きたいのなら、スポーツをしたり、旅行をしたり、見聞を広めたりすれば良いのです。将来のために知識を得たいのならば、本を読んだり、親交を深めたり、友人に投資をしたりするのが良いのです。

 

 世代の差はありますよ。生きてきた年数も経験も違うのですから当然です。しかし問題は『知っているか』『行動するか』の違いなのです。

 

まとめ

 

thrown-away

 

 他にも『健康格差』『恋愛格差』『結婚格差』『男女格差』『医療格差』『一票の格差』『地域格差』などなどあげればキリがないほどあります。しかし要は『差』です。そんなものあって当然なのです。全く同じ人間などいないのですから。

 

 格差のないように「全員同じ服を着ろ」「同じ眼鏡をかけろ」「同じ髪型にしろ」「同じ物を食べろ」「同じ薬を飲め」というのはおかしいですよね。人はそれぞれ違うから面白いのであって、その人が育ってきた環境や地域によって様々なんです。それを『格差だ』というのは、どうにも納得がいきません。

 

 今の自分を変えたいのなら努力をすれば良いだけです。別に他人と比べる事ではないのですよ。それを比べるから妬み(ねたみ)嫉み(そねみ)僻み(ひがみ)という感情が生まれるのです。その感情は『差別』を生むのです。

 

 世間を賑わす『格差問題』は、庶民の不安を煽って誘導する思想の押し売りです。そんなもので商売にしようとしている輩は、偽善者か詐欺師です。勝手な思い込みや下手なプライドは、『格差問題』に引っかかりやすいので注意が必要ですよ。

 

 そんな思い込みやプライドは、とっとと捨ててしまってください。大丈夫です。環境汚染問題にはなりませんからね


Present

トップへ戻る